映画のような時代と共に
私の暮らす街には映画館がない。
2~3年前に市内には大型のショッピングモールが出来、その中には映画館も入ったので何度か訪れた物のそこは最近よく見かける"シネコン"と呼ばれるタイプのシアターで、ロビーから張り巡らされた絨毯の足下は祭儀場よろしく一歩一歩が沈む様にフカフカしていて、私は一向に落ち着かず、特段観たいとする作品が無ければ出向かなかった。
私が映画好きになったのは確かに生まれ育った家庭の環境、というのもあるが、映画館という場所が好き、というのも多大にある。何かがあれば話すより早いと思った両親は映画の力を借りたんだし、小学生も高学年になると独りで故郷の街にあった映画館へ出向いていた。
近所の銭湯はロードショー公開中のポスターを2本立てで縦に列べて張り出し、そのポスターを欲しいが為に足繁く銭湯へ通い、番台の皆さんには口伝で
"あの子が来たらもう上映終了して下げたポスターを渡してあげて"
なんて申送りまでしてくれていて。
いつもポスターを貰うので子供心に申し訳なくて、フルーツ牛乳とコーヒー牛乳を買って、一本は上がってすぐに、もう一本はがぼっと被って乾かす、宇宙に行けそうなドライヤーで髪の毛を乾かしてから頂く、そんなルールを自分で作っていた。
たまにマミーの日もあったな、懐かしい。飲み終えた瓶をマス目を描くコンテナに戻す迄が、ポスター入手への対価であった。それから、そのタイプの宇宙に行けそうなドライヤーは今でも自宅で使用している。
幼少期に通った映画館に近ければ近い程、居心地が良く、遠のけば居心地が悪い、私にとって映画館とはそういう場所だ。
映画館という場所は美しければ良い、音響が良ければ良い、一概にそういうワケでもないようで…。映画自体が主役な事には代わりがないのでここ数年は、便利になったブロードバンドに頼りきりである。
そんな私の大好きだった映画館は街を離れてからもう、とうに閉館したらしいが、今となれば逆に珍しいタイプの映画館で思い出すだけで胸が熱くなる。
個人商店の氷屋の前にあったその映画館は色気も素っ気もなく、ロビーと呼ぶには程遠い受付があり、レジカウンターとガラスのショーケースと"雪印アイスクリーム"と書かれた白の大型の冷凍庫しかなかった。電気が入っているのかいないのか、夏になると前の氷屋さんがよく氷の塊をそこに入れにやって来たりもしていた。
冷房なんかは当然なかったので受付に立つと、上の方に設置された扇風機が首を振りながら今にも羽根が飛んで向かってきそうにガラガラ、音をたてながら私の髪の毛をいつもぐしゃぐしゃにした。足元は受付も劇場も同じ剥き出しのコンクリート。冬の映画鑑賞はいつも脚の先が冷えて痛くなった。
映画鑑賞の友と言えば、いつからかポップコーンが主流となったがドリンクは外の自動販売機だったし、中で売っているガラスケースに並んだお菓子はポッキーやカルケット、ひと口羊羹や個包装のおまんじゅう程度で、夏は冷凍みかん、冬は普通のみかん…とおやつとは言い難い物が並び、まるで盆時の仏壇を眺めている様な気分になったものだ。
特筆すべきはお隣が街で老舗の洋菓子店だった為に、バタークリームでコテコテの、胸が焼けるような"ロールケーキ"なる物もあった事、もさもさもさもさ、口に含むとパサパサに乾いたスポンジが水分を奪い、ジュースで流し込もうとすると口腔内が冷えて瞬時にクリームが固まって張りつく。
洋菓子と言われるとほわっとしたクリームの感じにもう慣れきっている子ども時代、対し、あのバタークリームのアレじゃないとダメだ、といううちの父、食べ過ぎると胸焼けするからちょこっとだけ頂くのがツウだ、とかなんとか、聞かされていた限りはちょこっとだけ食べて紙袋に入れて持ち帰り、家についたら残りをいつも父に渡し、また映画に行ってたのか、そんな会話があり、紙袋はいつも、脂を吸って、透明で、向こうが透ける、そんな日々。
館内は今とは違い、椅子は一人一脚、なんて事はなく、足の長い背の高い長椅子で前に鉄で出来た手摺が張り巡らされ、大人になれば足も届くが子供の頃は足をブラブラさせての鑑賞、ドリンクホルダーなんていうお洒落な物はついていないのでジュースの口を開けたら最後まで握りしめているか、長椅子の上に置くかで、それを忘れて身体を動かそう物ならたちまち地面に落下、カラカランと上映中にコンクリートの上にぶちまけられた。
そんな状態なので人気の作品は立ち見が出るのは当たり前で、通路に人がいっぱいになってしまうといつも座るいちばん後ろの席からは見えない事もしばしば。
映写機の置いてある場所にはガラスも何もはまっておらずただすこし高い場所にあるだけなので映画のシーンが切り替わる静寂の間にはカラカラカラカラ、音がした。
よくある事なのかどうなのか、原理は詳しくないのだけれど、上映中には何度かスクリーンにフィルムの真ん中から穴が開き、火の出る様な状態が映し出され、映画の演出かと思いきや、実際にはフィルムが燃えている、なんて事が何度かあった。
そういう時は半券を返され、上映中に次の上映を見に行くという、ゆるーいゆるーい状態で、今のシネコンみたいに
『さぁ今日は映画に行くぞ!』と気合を入れる必要もなく(何故だか私はあの絨毯のせいなのかとても緊張するのである)
「日曜だ!さっき目が覚めた!歯を磨いたらぷらっと行くか!」と草履でまっしぐら、そんな気取らないけれど居心地のよい場所だった。
大人になってあの街にも全く帰らなくなり、結婚してからはとてもアクセスも悪く、閉鎖された空間の、周りは山しかないような場所に住んでいて市内までは高速で約2時間、それでもやっぱり映画は好きなので、と、市内に出向き、市内にある映画館はひとつを覗き、全てで鑑賞した。単館も辛うじて一軒備わっているが毎度毎度、映画の為に高速に乗り、シネコンであれば駐車場も完備されているがその他にも出費があり…となってはやはり気軽に楽しむ、とはいかないものである。
朝九時からの上映作品となると、こちらの出発は七時より前に出なければならず、そうなってしまうと子どもたちの学校の準備はもとより、保育園に至ってはまだ門も開いていない。
そして数日前、私はとうとう出会ってしまったのである!!
ひとつを除いていたそのひとつは市内のわかり易そうでわかり辛い場所にあり、まだまだペーペーのドライバーの私には辿り着ける気がしない!!と避けていた場所であった。
が、観たい作品を調べてみると、そこでしか上映されていない事が発覚、主人にどうしても観たい作品だから付き合ってくれないか、とお願いし、同乗して貰って出向く事に。
これがまさかの大ヒット!!
まさしく私が探し求めていた様な映画館で、なんと、ドリンクは自動販売機で、スクリーンも大きすぎす、小さくても居心地の良い映画館で、なんと、初めて
"この街で楽しい事"
を見つける運びとなった。
先日、ベイビー・ドライバーの上映がありお邪魔した際には券売所でご年配の女性3人がキャッキャ言いながらお金を払っておられるのをみると、長く愛されている映画館なのであろうな、というのも納得がいく。
今のシネコンだと発券されるチケットも、銀行の待ち時間を打ち出す発券機同等のサイズだが、そこのチケットはチケットというより本当の親指の爪ほどの"券"であり、券売所は昔のデパートの屋上でみた様な電話ボックス大の物が備え付けてあり、もう本当に良い場所を発見した、以外、例えようがない。
もしかしたらそこを発見できた事は、私にとって、今年一番良かったことかもしれない。
たかが映画。されど映画。
映画館という場所は、いついつにどんな気持ちで、独りで、または誰かと観た、それと同時に主役を引き立てる縁の下の力持ちであり、私の人生にとって必要不可欠な場所であると感じる。
次はあそこで何観よう、そう考える、幸せなひと時にこの文を残します😋